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熱力学第ゼロ法則の熱平衡の定義について諸本はなんと書くか?

本書の基本的立場は,孤立系というものは外場の影響下などにない外界と相互作用していない系であるという通常の理解に立つ.問題は,本文に書いてあるように,このような条件のもとでは.熱力学空間の大きな部分が平衡状態では到達不可能だということである.孤立系で到達できるような平衡状態は非常に特殊な状態である.なるほど通常の流体の場合には体積とエネルギーさえコントロールすればいいので孤立させておいてもすべての熱力学的状態は孤立系で実現出来る.そのために,どんな系でも孤立条件下で平衡状態のすべてが実現すると考えてしまったのではなかろうか.

 高温状態でしかも磁化がゼロでない磁性体が本文に挙げてあるが,たとえば外力存在下に引き伸ばされたゴムなどというのも微妙な存在である.

裳華房の大学演習では次のように書く.その第一ページ.

孤立系の平衡状態 1つの孤立系を放置すれば,最初どんな複雑な状態にあっても,やがてある終局的な状態に落ちつき,それ以上変化しない.このような終局的な状態を熱平衡状態という.微視的にいえば物質粒子は熱平衡でも複雑な運動をつづけているが.巨視的には熱平衡状態は小数の変数,たとえば温度と圧力を与えることによって決まる単純な状態である.

この記述には.上に指摘した欠陥(孤立していては至れない熱平衡状態があるということ)以外に2つ問題のある記述があることに注意.その一つは「熱平衡状態を小数の変数で巨視的には記述できる」としている点である.巨視的記述とは何かはっきりしない.色は? 匂いは? その他にもいろいろと巨視的存在であるわれわれに感じられたり観察できる性質はあるだろうが,熱力学がいっていることは,熱平衡になれば系の巨視的状態が小数のデータで記述できるというようなことではない.後で熱力学の説明のところで述べるが,熱力学が言っているのは,熱平衡にある系の巨視的ないくつかの変数に着目するとうまい理論体系ができる,うまい理論体系ができるような小数の変数が存在するようになる,ということである.それはもちろん巨視的系に関するすべてを記述するようなものではないから,平衡になれば巨視系を完全に記述するための変数が小数でいいなどと言っているのではない.

 もう一つの問題点は「たとえば温度と圧力」といっていることだ.これは熱力学座標ではない.熱平衡状態は熱力学座標(内部エネルギー+仕事座標,すべて示量的な量である)で一意に記述できる状態のことなのであって,温度や圧力ではいつも充分というわけではない.温度と圧力が一定でもたとえば沸点において液体の水と水蒸気の比率は決まりはしない.

 田崎さんの「統計力学I」のp81では

このようなマクロな系を,外の世界と物質やエネルギーを全くやりとりしない状況に置いて十分に時間がたつと,平衡状態に落ちつくことが経験的に知られている.」もちろん記述は正しいが,これだけが平衡状態を実現する方法と思われると困るのである.

 田中文彦『ソフトマターのための熱力学』(裳華房) p7

孤立系を十分長い時間放置しておくと,初期の状態に依らずに終局的な状態に落ちつき,変化しなくなる.この一意的に決まる終局状態を,孤立系の熱平衡状態という」「孤立系の平衡状態」といっているからこの記述も正しいが,本当の孤立系でなくとも平衡状態はあるという記述が別にないといけない.静電場のかかった液晶など平衡にはないことになる.